友人・恩師・クラブ・キャンパスライフ…
校友だから共感できる!
そんな学生時代の思い出をのぞいてみよう。
友人・恩師・クラブ・キャンパスライフ…
校友だから共感できる!
そんな学生時代の思い出をのぞいてみよう。
一生の土台となった学びに感謝
私が立命館大学を選んだ一つの理由は総長先生が山口県人で私も山口県人であったことです。高校卒業後、工員として1年間勤めた後、昭和30年4月に理工学部土木工学科に入学。衣笠寮にも面接を受け合格入寮できました。
2回生の時、衣笠寮の役員の代表になりました。昭和31年6月15日、衆議院第二議員会館で全国学生寮大会が開催され、京都の代表として京都の学生寮の現状を発言しました。その際に購入した名刺入れは、現在も使用しています。
昭和31年12月、理工学部の名簿を発行、配布してくれないかという依頼を先生より受けました。昭和23年に立命館専門学校工学科が理工学部へと発展的解消される際に作成したきり、その後が出ていないというのです。そこで、建設会として作成することを引き受け、実質の作業は私が行いました。作成費の寄付の募集など1年がかりで作業を行い、昭和32年12月に完成、配布しました。
4回生になってからは、夜間の授業も受講しました。また、地元の中学校で教育実習も行い、教育職員免許状を取得しました。この間、通信社の世論調査員、家庭教師、土木測量など数々のアルバイトをしながら生活費を稼いでいたことが評価され、アルバイトの模範学生におくられる幤原記念賞を受賞することができました。
立命館大学で学んだことは一生の土台となり、現在も土地家屋調査士の仕事をしています。本当にありがとうございました。