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京都、食と生活の切ない思い出

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猪股 敏裕さん
1984年卒/法学部法学科
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2017.10.16
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京都、食と生活の切ない思い出

 今から、40年前の1977年の秋、高校2年生の時に修学旅行で訪れた京都を忘れ難く、1979年2月に立命館大学法学部を受験、不合格で失意のどん底にあったなかに、突然、追加合格の通知を受けました。急遽、3月26日頃、関東の埼玉の地から、母と共に下宿探しのために京都の町をいろいろタクシーで移動しました。当時、法学部のみは.広小路にあり、同志社大学エリアや京都大学エリアと重なる地域にあり、いろいろな下宿やユニークな先輩方の姿をみて、カルチャーショックを受けました。皆が既に条件の良い物件を確保した後の物件探しであったため、下宿探しには相当難儀しました。ようやく見つかった場所は上京区室町通寺之内付近で、地下鉄鞍馬口付近でした。物件は6畳一間、押入れ半間、洗面台、トイレは共同、風呂なしで家賃は1万5千円という物件でした。下宿探しの2日間、母と一晩旅館で過ごした夜はうれしいやら寂しいやら複雑な夜でした。4月4日には入学のために京都に転居。家具を組み立てるためのドライバーがなく、四条河原町の大丸まで行きドライバーを買ったことが思い出されます。一人で荷を解き、母が用意してくれた夕食を口にしたとたん、号泣してしまったことを今でも思い出します。下宿は土蔵を改造したもので、当然、エアコンはなく窓が小さく真夏は最悪、冬もこたつのみで過ごしました。また、窓を開けると、寺の墓地で毎日塔婆の音と線香の香り漂う日々でした。
 今まで食事はすべて母が用意してくれていたのが全部自己で対応しなければならなくなり、自己の生命維持?のために生協の定食には本当にお世話になりました。入学当時の朝定食が180円、カレーライスが150円程度でなかったのではないでしょうか。3食食べても千円以内であり、満足感も得られることから、食事をするために朝早くから大学に行き、夕食のために図書館にいる日々でした。また、長年、肥満というコンプレックスに悩まされていました。入学当初、86㎏近くあった体重もいつの間にか75㎏ぐらいになり、肥満というコンプレックスもおかげで解消されました。
 今出川河原町付近にあった中島食堂、ジャンボオムライスのあった喫茶店が懐かしいです。一番利用したのが下宿近くの烏丸寺之内付近にあったみやこ食堂で、チキンカツ定食420円、肉鍋定食400円ぐらいで何度食べたことか。また、烏丸鞍馬口付近には、ライスと焼きそばがセットになった焼きそば定食のある食堂があり、300円台でお腹が一杯となり幸せでした。今では、コンビニエンスストアやファーストフード店が至る所にありますが、とにかく食べることには苦労しました。既に父母は他界してしまいましたが、京都での生活を思い出すと、母との下宿探しした2日間のこと、一人暮らしを始めた日のこと、京都で下宿生活を経済的に支えてくれた父母のことを思い出し、改めて感謝する次第です。

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